月と花束

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むかしむかし、といっても大人になってからだけど、小さな姉妹とおともだちだった。

姉妹は、当時私が働いていたパン屋さんに週末のたびやってきて、店の隅っこでお絵かきしたり、店の前でなわ跳びしたり、していた。
お客さんがいないときに歌ったり踊ったりしていたこともあった。

妹のユリは絵が上手で人懐っこく、いつも愉快なことを言ったりやったりしたくてたまらないようだった。
お姉ちゃんのうしろをくっついてまわり、すぐ真似しては、すぐ飽きていた。

姉のマリは字が得意で人見知り、もじもじとうつむいて、はにかんで、そろっと手をつないでくる。
お母さんが毎日言ってるであろうその言い方で、「はーしーらーなーいー」と妹に注意していた。

 

3回めか4回めの週末、マリが小さな声で「おともだちになって」と言った。
ユリは「おともだちじゃないの」と言った。
私は「おともだちだよ」と言った。
そのように私たちはお互いをおともだちとして認め合ったのだ。

あるときユリが夜空に浮かぶ大きな月を描いていて、そのまんまるな黄色には、重ねて描かれたウサギの顔があった。
それで私はずっと疑問だったことを聞いてみた。
「ねえ、ホントに月にウサギが見える?」と。
「私にはくたびれたおっさんが見えるんだけど」と。
それから慌てて「疲れたおじさん」と言い直した。
マリは首をかしげて「わかんない」と言った。
ユリは「おっさん!おっさん!」とはしゃいでいた。
私は内心しまったなあと思いつつ、「こんなふう」としょんぼりしたおっさんの横顔を描いてユリにわたした。

翌週、姉妹は走ってやってきて、ユリが折りたたんで持っていた私の絵を広げ、「おっさんいたよ!」と報告してくれた。
ふたりはただのおともだちではなく、後にも先にもただふたりだけの、「月におっさん」説の賛同者だった。

 

パン屋で働く最後の日、姉妹はなかなか顔を出さなかった。
夕方になって姉妹のお母さんがやってきた。
お母さんは、今まで本当にありがとうねとおじぎをして、手紙をくれた。
そして少し困った顔で、車まで来てもらえないかな、と言った。
店長に断ってからお母さんについていくと、車には眠りこけているユリと、真っ赤な目をしたマリがいた。

車まで歩きながらお母さんに聞いた。
今日は街で花を買ってから3人でパン屋に来る予定だったこと。
でも川沿いにたくさんの野花が咲いていて、マリが「この花がいい」と言ったので、姉妹で花を摘んだこと。
パン屋へ向かう車中、上機嫌だったマリがどんどん無口になり、着いても車から降りようとせず泣いていたこと。
「おなか痛いの」と心配していたユリも寝てしまい、途方に暮れたお母さんが私を呼びにきてくれたこと。

「いっぱい遊んでくれてありがとう、楽しかったね」とウサギのようなマリに言った。
「お花摘んでくれたの?」と聞くと、背中に隠し持っていたしおしおの花束を差し出してくれた。
まるでこの世の終わりのような顔で。

 

そのとき、なぜだか自分が小さな女の子になったような気がして、とても胸が苦しかった。
今でも思い出すと苦しい。
そしてそのあと、自分が何と言ったのかがどうしてもわからない。
ありがとうは、ちゃんと笑顔で言えたのだろうか。
ユリは目を覚ましたんだっけ。
ずっと強く握られていた花束の茎の、その生温かさだけが手によみがえってくる。

 

 

天袋の整理をしていて見つけた手紙を読んで、どうにも後ろめたい気持ちになりました。
もうずいぶん長いこと、ふたりを忘れていたから。
ユリの手紙には「またあそuでね」、マリの手紙には「ずっとわすれないからね」と書いてありました。

 

月におっさん、今もいるかな。
次の満月の夜に確かめてみるよ。

掃除機は片付けました

・虫よけ、鳩よけとしてベランダで育てているセンテッドゼラニウムが今年は例年以上にもりもり育ち、花もたくさん咲きました。
・それで気を抜いて窓全開で過ごしていたら室内にスズメが舞い込み、外へ逃がすため夫と二人でひとしきり走り回りました。
・母の日関連で実家に電話すると至近距離でウグイスが鳴いていて、「さすが田舎、部屋に入ってくる鳥もウグイスとは風流な」と思ったら父の口笛でした。
・父譲りの散らかし癖とデリカシーのなさは謹んで返上させていただきますので、代わりに口笛の才能をください、と布団のなかで神にお祈りしました。

 

ブログの更新、少し日が空いてしまいましたので、この春の我が家のダイジェストをお送りしました。

さて、なんだかよくわからないうちに真夏のような暑さになりましたが、皆さまはお元気にお過ごしでしょうか。
こちらは変わりなく、先月は販売会ご注文分の製作に励み、ありがたいことにその後もメールなどにてぽつぽつご注文をいただいています。
これなら着けられるとおっしゃっていただけるお客様も増えてきて、その理由は軽さだったり、本体や金属パーツの素材だったり、色やサイズのバラエティだったりと様々ですが、いやもうほんとに、もったいないことです。ありがとうございます。
何をどう書いても伝えられないとは思いつつ、tagottoにかかわってくださっているすべての方へ、感謝の気持ちを新たにしています。ありがとう。

ニヤニヤするな、調子に乗るなちゃんとしろ、とさっき使い終わったままの場所で横たわっている掃除機が申しています。
次へ向けての新しい糸もすでに手元にありますので、また気と顔を引き締めて取り組んでいきます。
まずは掃除機を片付けよう。

 

 

その前に、この時期恒例の繕い報告。

久々に靴下をダーニングで繕いました。
あと破れかぶれジーンズの補強もしました。

 

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しかしジーンズって衣類のなかでは断然丈夫なイメージなのに、なぜかすぐ破れますよね。
私のは膝、夫のはお尻回り。
しょっちゅう直してるような気がします。
洗濯もする派なんだけどなあ(洗濯しないと汗で生地が傷みやすいらしい)。

それから、2年前にウール50%ナイロン50%の糸でステッチした靴下、まだ現役でバリバリ履いてます。

 

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補修箇所、すっかりフェルト化しています。
密に縫い過ぎたせいでモリッとしちゃったけれど、快適。
ナイロン入りの糸はやはり丈夫ですね。

こちらからは以上です!

春と言えば

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最初に作った装身具は、ボタンのネックレスでした。
行った先々で買ったボタン、母の古いジャケットのボタン、着なくなった自分の服から取ったボタン。
それらを布に縫いとめ革に貼り合わせ、鎖を付けただけのネックレス。
糸でアクセサリーを作るようになる何年も前のこと、友人の結婚パーティで使うために作ったものです。
昨秋、このネックレスを久々に手にしたら、当時の状況がぶわっと蘇りました。

たくさんのボタンを何か形にしたくてずっとあれこれ考えていたことや、でも失敗して無駄にするのが怖かったこと。
ずっとぐたぐた手をこまねいていたときに踏み切れたきっかけが、友人の結婚を祝う気持ちだったのです。

少し大げさだと思われるかもしれませんが、好きなものを使って何かを作るとき、常に失敗を恐れる気持ちはあります。
今も、糸や布を無駄にしたらどうしようといつも思っているし、それでも失敗はする。ものすごくする。
自分がゴミ製造機に思えてへこたれることもしばしば。
けれど続けていられるのは、今作っているものは形を変えてもきっと誰かに届くという希望を持てているからです。

今年も3月20日から24日まで、逗子にてtagottoの展示受注販売会をさせていただきます。
4月から日常が大きく変化する人、ほんの少し変化する人、生活自体が変わらずとも、気持ちが何となく新たになる人。
そんな人たちの次の一歩を少し大きくできるようなものを、という思いで作ったアクセサリーを持っていきます。
それから、今年ははぎれの風呂敷なんかも。

今回で3度目となるこの販売会。
私の希望の主成分はこの機会、場所であり、ここでお会いする皆さまです。
春の逗子で美味しいコーヒーとケーキをご堪能いただいたのち、眺め、手に取り、試しに着けてみていただければ幸せです。

 facebookイベントページ

 

Collage_Fotor.0312

 

 

密やかなバッグの中身

雑誌などに載っている、日常使いのバッグとその中身を紹介するコーナーが好きで、よく見ます。
素敵なバッグはそれだけでもぐっとくるのに、何をどんなふうにいれて使っているのか、道行く人や友人にさえなかなか確認させてもらえないそのことを、バッグから出して並べて真俯瞰で撮られた写真があっけらかんと教えてくれますから。

マリメッコのポーチや刺し子のがま口を使っている人はきっとファブリック好きなんだろうな、とか。
黒い革モノが多い人はアイアンの家具を持っていそうだな、とか。
そんな想像を膨らませつつほうほうと眺めます。
ごく狭い空間の限られたアイテムゆえ、その人の家以上にその人の個性が出ているかも、と思いながら。

個人的には、そんな写真は撮られたくなんかありません。
今日のバッグの中身は確認しなくてもわかります。

・レシートでぱんぱんの財布
・むき出しの龍角散のど飴とリップクリームとハンドクリーム
・しわくちゃのハンドタオル
・ボロボロのノートとシグノの極細ペン
・年始に酒屋でもらった酒粕の説明書
・新宿でもらったポケットティッシュ
・堀江敏幸「もののはずみ」(これだけ恥ずかしくないのがかえって恥ずかしい)

小物がむき出しなのはこの前友人宅にポーチを忘れてきたからですが、それにしたってどうでしょう。
違うポーチを使えばいいじゃないですか。
酒粕の説明書もとっくに読んだんだから捨てなさいよ。
せめてバッグから出しなさいよ。

と自分を叱咤する気持ちもありつつ、ずるずるそのまま持ち越してしまう。
バッグも中身も美しい人たちを尊敬しています。

先日会った幼なじみとなぜだか化粧ポーチの話になり、彼女がバッグからポーチを取り出して見せてくれました。
スマホケース、財布、ポーチ、が青のグラデーションになっていて、「鞄の中にこんなふうに入っていると綺麗で嬉しい」のだそうです。
でも「このポーチだけ思っていた色じゃなかったからちょっと嫌(ネットで買ったから)」とも。

言いたいことはわかるよ。
もっとマットで、彩度が低めの色味がよかったんだよね、きっと。
でも今でも充分、はっとするほど美しいよ。

彼女はそうだった。
自分の快適さに妥協しない人だった、昔から。
お手本は、子どもの頃から近くにいたんでした。

私の個性がしわくちゃでボロボロでバラバラなだけにならないよう、せめて「バッグの中身がこんな人が作ったアクセサリーはちょっと…」と思われないよう、彼女に倣って精査しよう。
どこかでお会いしたときには、気軽にバッグの中身をお見せします、きっと。

 

そのためにという訳ではないのですが、はぎれの風呂敷をたくさん縫っています。
これは私らしさでもあり、きっとあなたらしさでもあるでしょう。

 

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うるさくても別にいいのだけれど

・電子レンジ
・トンカチ
・フライパン
・蝶番
・マグカップ
・ペンチ
・包丁
・キッチンばさみ
・奥歯

あなたはこのなかで、どれを使っていますか?

と問われてすぐに「私は断然トンカチ派!」とか「手軽なレンジかな?」と答えられる人はなかなかの通ですね。
何の通かって、「専用機器がない場合の銀杏の割り方通」です。

 

一昨年、長年使っていたキッチンばさみを買い換えました。
支点部分が錆びてしまい、何を切るにもやたら力が要るようになったからです。
総ステンレス、分解&丸洗いできるタイプにして今は何の問題もないのですが、古いはさみにあって今のはさみにない機能がひとつ、それが「銀杏割り」でした。

銀杏割りはずっと「キッチンばさみ一択!」だった私は途方に暮れました。
銀杏は美味しい。
好き。
でも季節ものだし、殻付き銀杏を家で調理して食べる機会は年に10回もない。
そのために何かしら買い足すのも気が引けて、今あるもので可能なあらゆる方法を試してみることにしました。
で、調べて出てきた主な用具が冒頭のリストです。

世界は広いなあ…とどうでもいい感慨を抱きながらメモを眺め、まず奥歯は問答無用で却下、蝶番は好奇心をくすぐられつつも大家さんへの申し訳なさから却下(でも意外と良さそうなので、興味がある方はぜひ試して感想を教えてください)、キッチンばさみはそもそも論外、なのでそれ以外を順に試してきたわけです。
以下、2年間の悪戦苦闘の記録です。

・封筒に入れて電子レンジでチン、はムラがあり、爆発する銀杏、いつまでも意地を張る銀杏が毎回いて、しかも目視できないので厄介。
あと破裂音がパチンパチンうるさい。

・トンカチでは私のやり方が悪いのか、何度チャレンジしてもなかなか割れず、コツもつかめなかった。
割り箸と輪ゴムで銀杏を固定する合わせ技もあるらしいが、まずそれが面倒くさすぎる。
あとガンガンうるさい。

・フライパンや鍋での乾煎りは腕が疲れるし時間がかかる。
ひとつも割れないまま断念したので想像だけど、多分うるさい。

・マグカップは割れるというか潰れる。
潰したい人におすすめ。

・ペンチ、思った以上に簡単かつ確実に割れる。
もうペンチという名の銀杏割り器。
うるさくもない。

 

正直なところ、ポスト・キッチンばさみはペンチが大本命だと事前に予想はしていました。
だったら最初からペンチで割ればいいようなものですが、まあ面白くないですからね。
それにペンチはペンチとしてすでに八面六臂の活躍を続けていて、中身まで割れた場合の匂い移りを避けたい気持ちもありました。
でも、まったく大丈夫。
力もコツも要らず、キッチンばさみのように手が痛くないから軍手もいらない。
不在によって美化されていただけで、はさみで銀杏を割るのは大変だったことを思い出しました。

勝手のいい方法は人それぞれだと思いますが、少なくとも以前の私のようにはさみで銀杏を割っている人には、一度ペンチを試してみてほしいです。
ないならいっそ買ってもいいかもしれません(何かと便利です)。
ラジオペンチではなく、画像のようないかつい「実家から持ってきました」的タイプがおすすめです。
私はもう頼まれてもはさみには戻れません。

 2019-01-28 13.42.45

 

あと包丁はまだ試してませんが、多分この先ずっと試さないと思います。