テーブルクロスと友人

古いものが好きなので、古道具屋も骨董市もよく行きます。
ひとつの業種の商品だけ無料で買い物できる権利、みたいなのが与えられるとしたら、迷わず「古道具」と言います。
…いやまて、現実的に考えたら食料品かな。衣料品かな。
いやいやここは古道具で。

結局迷いましたが、それぐらいには古道具が好きです。

10代終わりの年、最初にひとり暮らしを始めた街で、小さなテーブルクロスを買いました。
とても古いフランスのもので、ナガミヒナゲシのような卵色も、柔らかくくたっとした手触りも忘れがたく、数回通った末に思い切って購入しました。
それが、最初に買った「古いもの」です。

 

2019-11-26 13.16.37

 

ちゃぶ台の上でテーブルクロスとして使い、文庫本を収納していた本棚の日除けとして使い、見ていないときのテレビカバーとして使い、最近は風呂敷として使っています。
シミもほつれもたくさんできました(ちゃぶ台時代にさんざんお茶もコーヒーもこぼした)。
色も、ナガミヒナゲシをドライにして数年日晒しにした感じに退色してしまいました。
それでも、とても好きな、大事な布です。
運針で補強したり、布を当てたり、刺繍したり、古いドイリーを切って重ねたりして直しながら、今も頻繁に使用します。
見るたびに「やっぱり好きだなあ」と思います。

 

2019-11-26 13.19.42

 

写真を撮るために軽くアイロンをかけたら、角の縫い目が破れました。
繊細か!
また直さなきゃ(でもそれも嬉しい)。

 

 

シュッとしつらえられたこだわりの古道具屋さんはもちろん大好きですが、わけのわからないガラクタが所狭しと積み重なっているような、このオヤジ(店主)はどうやって生活しているの?遺産か?不動産か?と下世話な想像が止まらない類の謎の古道具屋さんにも、よく行きます。
これは、上記のテーブルクロスを買って間もなく知り合った友人——このブログでもちょこちょこ書いている、料理上手前世が美男子音楽家の友人——の影響で、大学時代には高架下の怪しげな古物街や古着屋、上京してからもリサイクルショップやバザーによく一緒に行きました。

見る目を持った人と行く古道具屋ほど楽しいところはなく、上がりきったテンションのままに5分後には後悔するような買い物も何度もしましたが、そんな日々によって私の古いもの好きは定まっていったのだと思います。

 

 

先日、その友人が遊びに来てくれました。
駅近くの店でお昼ご飯を食べてから、我が家でお茶を飲みながらこちらの銘菓を食べながら延々話をしていただけですが、長い付き合いの年月を振り返らずにはいられないような時間でした。

ところで、「これ、この前友達にもらったんだー」と言って見せた床の間に活けた3本のハスの実、「やっぱりちょっと捻った活け方するよね、さすが。面白い」とだいぶ褒めてくれたよね。
あれ、輪ゴムで適当にくるくるっとまとめたらああなっただけなんだ。
言い出せず、「お、おう…ありがと」と見栄をはってごめんなさい。

これからもよろしく。

ともにいきる

7月中旬に引っ越してきて最初に困ったのは、長梅雨でたまる一方の湿気と洗濯もの。
次が、何をどうやっても私のパソコンから音が出なくなってしまったこと。

どちらもそれなりに解決して、その次くらいに行き当たったのが庭の雑草問題でした。

元来、草むしりは好きです。
何度も書いていますが単純作業向きの人間です。
虫も大丈夫。
でも実家を出て以来、庭らしい庭があるところに住むのは初めてで、夏休みの手伝いや気が向いた時の暇つぶしでやるのとはわけが違うと、すぐに思い知りました。

お隣さんに教えてもらった根っこから抜けるねじり鎌(存在自体知らなかった)や、根の長いドクダミなどを抜きやすい万能スコップ(存在…以下略)などを買い揃え、草むしり道の先輩である友人に「4時半頃がオススメよ」と言われ「それって夕方じゃないほうだよね」と確認して苦笑され、午前4時半に起きる根性はないので6時半~7時くらいから、毎日、毎日やっても終わる気が全然しない。

いや、すごいな雑草!

というところで、何冊か雑草の本を買いました。
特に参考になったのはひきちガーデンサービスさんの「雑草と楽しむ庭づくり」。
各雑草の特徴が見やすく分かりやすく書いてあるのはもちろんのこと、生かせる雑草はそのままで、という考え方にとてもほっとしたのを覚えています。
最初の一ヶ月ほど、「雑草たるもの一本残らず根絶やしにせねば」と息巻いていたのが嘘のように、肩の力が抜けました。

それからは、自分のなかの好き嫌いや在来種/外来種(特定・生態系被害防止リスト)なども確認の上、雑草とも草むしりとも、楽しく付き合えています。

 

2019-09-24 13.10.00-1

和室に活けていたミズヒキ。
間違って抜いてしまって泣きそうになりましたが、2ヶ月近く元気でいてくれました。
一本あるだけで、なんとなく空気が凛とします。

 

 

2019-10-26 13.58.25

玄関のナガエコミカンソウ。
外来種で、驚きの早さで増えて大きくなるので、庭には常に小さめの2、3本のみ残してあとは抜くようにしています。

 

 

2019-10-26 13.46.14

最後に、夏の終わりからちまちま続けている雑草標本作りについて。
見分けがつかず、ひとくくりに雑草と呼んでいたものがこんなにさまざまに美しいなんて!と日々感動しながら作業しています。
この標本作りのおかげで名のわかる雑草がずいぶん増えました。
雑草関係の本もまた数冊増えましたが。

上のレーシーな植物は、大好きなクラマゴケ。
コケと名の付いたシダ植物です。
冬には紅葉することもあるようなので、赤くなったらまた採取しよう。

もう、庭に出るのが楽しくて仕方ありません。
雑草はあまり減ってませんが。

9月の夜長の頭のなかは

2019-08-26 12.36.07

 

誰かに聞いてみたいと、もうずっと思っていることが幾つかある。

日常では耳にしないのに、なぜフィクションに登場するおじいちゃん(やときにおばあちゃん)は語尾に「~じゃ」「~じゃよ」を付けるのだろう。
ためになることを言うときには特に。

時代劇や日本昔ばなしならまだわかる。
一人称が「拙者」の人や機を織る鶴にも会ったことがないから、トータルで納得できる。
ファンタジー色が強ければ、たとえば「うしおととら」において東の妖怪を統べる長が「~じゃ」を連発していても、「うん、言いそう」と思える。
でも実話をもとにしたヒューマンドラマや現代小説、あまつさえなにがしかの再現VTRなどにも、唐突に「~じゃ」じいちゃんは現れるから困惑する。
つい最近も某古道具屋を舞台にした小説を読んでいて困惑したばかりだ。

祖父をはじめ、かつて袖すり合ってきたおじいちゃんたちを思い浮かべてみる。
実家のご近所さん。
高校の生物の先生。
弁当屋でアルバイトをしていたときの常連さん。
学芸員の実習で話を聞いたお寺のご住職。
マンションの管理人さん。
文房具屋さんの店主。

確実に言ってない。
世間話も老馬の智も、誰もじゃよ調で言ってない。

となるとこれはもう、アレだろう。
きっと符丁のようなものなんだろう。
語尾に「~じゃ」を付けることでそのじいちゃんがただのじいちゃんではなく、千里眼か見識高き語り部か、何にせよありがたいことを進言してくれる特別なじいちゃんですよという印なのだ。
「帰ってきたらうがいをしなさい」ではなく、「帰ってきたらうがいをするもんじゃ」と言われたらもう、そそくさとうがいしちゃうもの。
数千年に渡る人々の営みとうがいの歴史を感じずにはいられないもの。

…ということで、日本に3人にひとりはいると思われる「~じゃ」が気になって仕方ない派は納得してくれるだろうか。
私はこれからも、漠然と困惑し続けると思う。

 

2019-09-12 12.01.41

 

スポーツ選手はどの段階でサインの練習を始めるのだろう。
オリンピックで金メダル取ったとき?遅すぎるな。
オリンピック出場が決まったとき?
野球なら甲子園?
「タッチ」で上杉達也が近所の人に頼まれて大量の色紙にサインをしていたのはいつだったっけ。
いや、それともあれは南ちゃんだっけ。

私は小学生のとき、スポーツ選手でも将棋の棋士でもクラスの人気者でもなかったけれど、「ある日サインを頼まれたら」「急ごしらえで書いたサインが超絶ダサかったら」という想像をして怖くなったことがある。
子どもの頃から一芸に秀でていればなおさらだろう。
だからきっと答えは「運動会でリレー選手に選ばれたとき」だと思う。
今も昔も世界中の小学生のノートには、無数の、誰にも見られることのない素敵なサインが並んでいるんだ、きっと。

 

 

読み返してみたら、「うしおととら」で「~じゃ」を連発していたのは西の長(若い方)、つまり方言でした。納得。
ちなみに画像は本文とまったく関係ないけれど、夏の間に縫った古布の暖簾と座布団カバーです。

 

夏の終わりに

前回投稿のあと、本格的な、長い長い梅雨が始まって終わり、夏が来て、さらに秋の気配を感じるまでに時間が経ってしまいました。
何をしていたかという話の前に、先週末、風鈴を買ったのでまずはそのご報告です。

以前書いたとおり、我が家にはすでに3つの風鈴があり、つまりこれは4つめの風鈴です。
たった今書いたとおり、秋の足音が近づきつつある今日この頃に、です。

いや、どうすんのこれ。

 

2019-08-27 15.30.15

 

自転車で、買い物がてら近所を散策していたわけです。
タオルハンガーとか、吊り下げられる大きな籠とか、座布団カバー用の古い布とかを買って「今日はこの辺で勘弁してやるか」的に自転車を流していたら、某ショップの店頭に並んだ風鈴を見て夫がいそいそと近寄っていきました。
お店は閉まっていたので残念そうでしたが、帰り道、偶然その風鈴を作っている工房前をとおりかかり、気づいてUターンする夫、追いかける私。
店主とのなんやかんやのコミュニケーションの末、4つめの風鈴が我が家にやってきたのです。
これはもう、仕方がないのです。

上の画像だと普通の風鈴に見えますが、実は意外とミニサイズ。

 

2019-08-27 16.51.35-1

 

銅製の愛らしいヤツなのです。
清涼感のなかにも情緒と奥ゆかしさのある音で鳴るのです。

ひとまず、工房名が入った短冊を、裾上げしたパンツの切れ端(今回もワックス処理済み)に変えてみました。
とても、よい。

先月から軒先で揺れているガラス製風鈴に早々に暇を告げるか、それとも来年の楽しみにとっておくか、悩ましいところ。
とりあえずしばらくは、これを持って家のなかをうろうろすると思います。

 

 

先月引っ越しをしました。

8年住んだ以前のマンションは、交通の便も暮らしやすさもあって大家さんが素敵なご夫婦で、何よりとても気に入っていた部屋だったので、後ろ髪を引かれる思いもありました。
近所には長い付き合いの友人、お世話になった商店街のコーヒー豆屋さん、美容師さんがいて、離れがたい街でもありました。

それでも、最初は一本だったこの新しい土地との縁の糸がここ数年でどんどん増え、彼女/彼らの存在があったことで不安なく転居に踏み切ることができました。
本当に稀な、幸せなことだと思っています。

おススメ物件情報をまめに連絡してくれたり、夫の通勤へのアドバイスをくれたり、近くへの引っ越しを笑顔で喜んでくれたり、内見に付き合ってくれたり、してくれて本当にありがとう。

見上げれば都庁、見下ろせば首都高という大都会のマンションから、とても静かな場所にある戸建てへ。
建物が古い、という以外はほぼ真逆の住環境となりましたが、みんなのおかげでとても快適に過ごせています。ありがとう。

 

 

心配事があるとしたら。

引っ越しを手伝ってくれたときに3つの風鈴を全部吊るそうとしていた友人に、4つめの存在がバレたらどうなるのか、ということくらいかな。

月と花束

2019-06-04 13.41.31

 

むかしむかし、といっても大人になってからだけど、小さな姉妹とおともだちだった。

姉妹は、当時私が働いていたパン屋さんに週末のたびやってきて、店の隅っこでお絵かきしたり、店の前でなわ跳びしたり、していた。
お客さんがいないときに歌ったり踊ったりしていたこともあった。

妹のユリは絵が上手で人懐っこく、いつも愉快なことを言ったりやったりしたくてたまらないようだった。
お姉ちゃんのうしろをくっついてまわり、すぐ真似しては、すぐ飽きていた。

姉のマリは字が得意で人見知り、もじもじとうつむいて、はにかんで、そろっと手をつないでくる。
お母さんが毎日言ってるであろうその言い方で、「はーしーらーなーいー」と妹に注意していた。

 

3回めか4回めの週末、マリが小さな声で「おともだちになって」と言った。
ユリは「おともだちじゃないの」と言った。
私は「おともだちだよ」と言った。
そのように私たちはお互いをおともだちとして認め合ったのだ。

あるときユリが夜空に浮かぶ大きな月を描いていて、そのまんまるな黄色には、重ねて描かれたウサギの顔があった。
それで私はずっと疑問だったことを聞いてみた。
「ねえ、ホントに月にウサギが見える?」と。
「私にはくたびれたおっさんが見えるんだけど」と。
それから慌てて「疲れたおじさん」と言い直した。
マリは首をかしげて「わかんない」と言った。
ユリは「おっさん!おっさん!」とはしゃいでいた。
私は内心しまったなあと思いつつ、「こんなふう」としょんぼりしたおっさんの横顔を描いてユリにわたした。

翌週、姉妹は走ってやってきて、ユリが折りたたんで持っていた私の絵を広げ、「おっさんいたよ!」と報告してくれた。
ふたりはただのおともだちではなく、後にも先にもただふたりだけの、「月におっさん」説の賛同者だった。

 

パン屋で働く最後の日、姉妹はなかなか顔を出さなかった。
夕方になって姉妹のお母さんがやってきた。
お母さんは、今まで本当にありがとうねとおじぎをして、手紙をくれた。
そして少し困った顔で、車まで来てもらえないかな、と言った。
店長に断ってからお母さんについていくと、車には眠りこけているユリと、真っ赤な目をしたマリがいた。

車まで歩きながらお母さんに聞いた。
今日は街で花を買ってから3人でパン屋に来る予定だったこと。
でも川沿いにたくさんの野花が咲いていて、マリが「この花がいい」と言ったので、姉妹で花を摘んだこと。
パン屋へ向かう車中、上機嫌だったマリがどんどん無口になり、着いても車から降りようとせず泣いていたこと。
「おなか痛いの」と心配していたユリも寝てしまい、途方に暮れたお母さんが私を呼びにきてくれたこと。

「いっぱい遊んでくれてありがとう、楽しかったね」とウサギのようなマリに言った。
「お花摘んでくれたの?」と聞くと、背中に隠し持っていたしおしおの花束を差し出してくれた。
まるでこの世の終わりのような顔で。

 

そのとき、なぜだか自分が小さな女の子になったような気がして、とても胸が苦しかった。
今でも思い出すと苦しい。
そしてそのあと、自分が何と言ったのかがどうしてもわからない。
ありがとうは、ちゃんと笑顔で言えたのだろうか。
ユリは目を覚ましたんだっけ。
ずっと強く握られていた花束の茎の、その生温かさだけが手によみがえってくる。

 

 

天袋の整理をしていて見つけた手紙を読んで、どうにも後ろめたい気持ちになりました。
もうずいぶん長いこと、ふたりを忘れていたから。
ユリの手紙には「またあそuでね」、マリの手紙には「ずっとわすれないからね」と書いてありました。

 

月におっさん、今もいるかな。
次の満月の夜に確かめてみるよ。